▼『殺意の迷宮』のライダルとコレッタ。

▼ホテルからホテルへと逃亡をつづける毎日。出来の悪いゲームのような日々のなかで、やがて躯を求めてしまう若いふたりの<性急な恋>は、逃走のための逃走という先のみえない現実にたえかねたように、残酷な終止符をうたれてしまい、痛ましい印象だけを残して消えた。

▼それに比べると、いかにも悪女と呼ぶにふさわしい美女ヒルデガルドが<仕掛けた恋>は、あくまで巨額な遺産のためであり、そのためだろうか、彼女が陥ることになる窮地についても、その残酷きわまりない<罠>に驚きこそすれ、快哉にも似たカタルシスしか浮かんでこない。

▼ヘルデガルド。激しい虚栄心にふりまわされ、ついには遺産めあての完全犯罪という道を選んでしまった彼女による<恋の企み>が描かれるのは、カトリーヌ・アルレーの『わらの女』である。

▼アメリカ人のミリオネイラの妻募集広告に応募し、カンヌの一流ホテル、カールトンに呼びだされたヒルデガルドは、ミリオネイラの秘書から思いがけない申し出を受ける。

▼それは打算に満ちた<マイ・フェア・レディ>の物語。したたかな秘書の指導のもとに、死が近いミリオネイラの新妻の地位を得るという企みだった。

▼眼がくらむほどの遺産を約束されたヒルデガルドは見事に<イライザ>の大役をものにして、アテネ沖に浮かんだヨット上での結婚式までをあっけなく演じきり、バーミューダ諸島でのロマンスに満足の吐息をついて、新居となる豪邸が待つニューヨークまでの船旅を満喫する。

▼しかし、そんな彼女を待ちうけていたのは、美しいまでに計算された完全犯罪の<罠>。

▼この<罠>の非情さときたら、そこいらのハードボイルドなんて足元にも及ばない。アルレーの冷徹すぎる語り口には、背筋に戦慄を覚えるしかないだろう。

▼映画化の際には、ヘルデガルドをジーナ・ロロブリジーナ、秘書をショーン・コネリーが演じた。

▼しかし、コネリーのセックス・アピールは文句なしだが、最も必要なはずの『マルタの鷹』のボギー級の非情さについては、少々物足りない出来ばえだった。外洋巡航用のヨットが素晴らしく美しいので、そのシーンに魅了された記憶はあるが、やはり映画はやめておき、アルレーの本を読んだほうがいいと思うね。

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