▼ミス・マープルのバカンスでの冒険に、崇高な<運命劇>の予感を感じたあとは、パトリシア・ハイスミスの残酷な<運命劇>などはいかが?

▼まさしく、<運命劇>といえば、ローマとナポリを舞台に、地中海の無慈悲な陽光を浴びながら、アラン・ドロンがやるせない犯罪劇を演じ切った『太陽がいっぱい』の原作者、パトリシア・ハイスミスを忘れることはできないだろう。

▼彼女が描くクライム・ストーリーには、いつも、不条理なほど事件に翻弄されながら、いつ訪れるとも知れぬ成功や、ささやかな安息を求めて、むなしく運命に抗う人間たちの追い詰められた姿が、非情ともいえる鮮やかさで浮かびあがる。

▼冬のエーゲ海が舞台の『殺意の迷宮』にもやはり、逃れようもなくオブセッションに憑かれた者たちの、やりきれない心理劇が、抑制の効いた筆致で描かれている。

▼アテネの安宿で鬱屈した日々をおくる青年ライダルは、アメリカの大学を卒業後、母親が残してくれた僅かばかりの遺産でヨーロッパを放浪している。

▼彼の屈折した心の中では、偉大すぎた父親への愛憎がいまだにうずまいているのだ。

▼そんな彼のまえに、父親にうりふたつの男が現れた。

▼アメリカからヨーロッパへ逃走してきたベテランの詐欺師チェスター。彼にはコレットという美しい妻がつきそっている。

▼不思議な衝動に導かれて、ライダルは追いつめられたチェスター達の逃亡を助けてしまう。奇妙な縁で、イラクリオン、ハニア、クレタ島と、先の読めない逃避行を続ける三人。いつしかライダルはチェスターの妻コレットに惹かれていく。

▼そして物語は、クレタ島のクノッソス宮殿からパリへ、マルセイユへと舞台を移して、パトリシア・ハイスミスお得意の陰惨な結末に向かって、ひたすら疾走していくのだ。

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