バカンスの修辞学 ■ part-2
2003年6月15日▼クリスマスにはクリスティーを!
▼なぜこの暑いのにクリスマスなのか。それはただの話の流れ(笑。
▼さて、生前は毎年のようにクリスマス・シーズンに新作を発表してきたクリスティーだが、なにも商業主義的な意味だけでそうしたキャッチ・フレーズを用いてきたのではない。平和・善意・慈愛にみちたクリスマス・タイムにこそ、偽善の華が咲き誇り、ひそやかに犯罪への序章が進行していく、という考えあっての事に違いない。
▼まさにクリスマスこそが殺人にはもってこいの舞台。しかし、こうした逆説的なレトリックは、英国教会の伝統が人々の心に自然と根づいていた古き良き時代にしか通用しないのかもしれない。
▼そして、その古き良き時代を舞台に、貴族であるとか、執事であるとか、紳士であるとか、淑女であるとか、詩人であるとか、探偵であるとか、ひとつの<類型>ではあるが、むしろそうした<類型>であるがゆえに、現代社会にはない魅力を備えた登場人物が闊歩して、読者の心を存分に酔わせてくれるのがクリスティーの世界なのだ。
▼魅力的な類型を描こうにも、ほとんど壮大なる実験国家とも云うべき超・平等主義のはびこる現代の日本が舞台では、夢見てもとうてい叶わぬ贅沢極まりない世界である。
▼ところでクリスティーと云えば、ポアロのほかに、気立てのいい老嬢ミス・マープルの活躍を見逃すわけにはいかない。
▼そして『青列車の謎』のキャザリンが住んでいたセント・メアリ・ミード村こそ、そのミス・マープルが様々な事件を次々に解決していった舞台にほかならない。
▼どうやらクリスティーは、青列車のロマンスが未遂に終わり、村にひとりは居て欲しい<良い魔女>として老後を過ごしたかもしれぬミス・キャザリンの、もうひとつの未来を描きたかったのかもしれない。そんな空想に浸りたくなるほど、このふたりのキャラクターには、どこか共通するさわやかな魅力がある。
▼村からほとんど出たことがないのに、どこか憎めぬ好奇心と、並外れた観察力で、セント・メアリ・ミード村の難事件を秘伝のミートパイでも焼きあげるみたいに手際よく片づけていったミス・マープル。そんな彼女にもバカンスを舞台にした作品がある。
▼肺炎をわずらった彼女の転地療養のために、甥のレイモンドがプレゼントしてくれた西インド諸島のリゾートホテルで起きる殺人を描いた『カリブ海の秘密』。
▼そして、この事件で知り合うことになった億万長者ラフィール氏の遺言に導かれ、イギリスの古城と庭園をめぐる観光ツァーに参加する『復讐の女神』。
▼この二作に描かれた殺人劇は、<過去の罪は長い影をおとす>という、英国教会的と云うよりはむしろカトリック的とも云える、クリスティー独特の主題によって不可思議な雰囲気を醸しだし、カリブ海の奔放な色彩やイギリスの夏の光線の下で、マープルのいつもの明るさは影をひそめ、どこか崇高な<運命劇>といった印象さえ残してくれるのである。
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