▼ハナ&バーブラが創造したトム&ジェリーの世界には、かつて平均的アメリカ市民が理想としていた<郊外生活>の夢が、たとえば自らが大企業化していく過程で否応なく<地方性>や<悪夢性>を失っていったディズニーなどよりも、遥かにピュアな形で表現されている。

▼今さら、などと云わずに彼らのビデオを観てみたまえ。

▼トムとジェリーがドタバタを繰りひろげる小宇宙である<アメリカン・ハウス>のインテリアの美しさに溜息をつくだけでも、世界中のあこがれであった1950/60年代のアメリカン・ウェイ・オブ・ライフの幻想を追体験できて、幸福な気分に浸れるはずだ。

▼それだけではない。

▼私はトム&ジェリーに出てくるストリ−ト・キャット達の演奏で始めてジャズの旋律を聴いたし、また、燕尾服に身をつつんだトムの演奏会で始めてショパンの協奏曲を聴いた。そこは、とても懐かしく、ひたすら暖かく、そして、きわめつけに豊かな世界だった。

▼しかし、ハナ&バーブラはこの世界から、市民社会特有の<底意地の悪い欲望>を除去して無菌状態にしたりはしない。きちんと<毒>を残している。そこがディズニーと違うところだ。

▼トムもジェリーもキャラクターの愛らしさとは裏腹に、恐ろしいほどに残酷な試練に何度も遭遇する。その試練が常に<小市民的悪意>に縁どられているのが、ハナ&バーブラの持ち味であった。

▼そして気の弱い私たち小市民は、トムとジェリーの<和解>と共に、徹底的にいたぶられる二人を笑って観ていた自分達への、優しい<贖罪>のカタルシスに浸ったものだ。

▼彼らの作品集のなかに、『クリスマス・イブ』という短編がある。

▼もういちどだけ云おう。このビデオを観るがいい。

▼めまぐるしい逆転に次ぐ逆転の果てに訪れる、この傑作『クリスマス・イブ』の見事なエンディングは、まるで奇跡のように美しい。ハリウッド製の大作映画なんて目じゃないぜ。

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